そのとき歴史は動いた

それは1985年の晩秋のことだった。
学園祭の打ち上げの場で、とある学生が憤っていた。

酔ったうえでのバカ話、男子どもが集まるとだいたいそういう話になるんだが、
「お前、クラスの女子で誰のことが好き?」
「クラスにはいないけど、一学年上の○○先輩がいいかな」
○○先輩は目立つ存在ではなかったが、面倒見のいい優しい笑顔の女性だった。

するとそこに、悪友Aが突っ込んだのだ。
「ええ〜、あんな『メガネザル』のどこがいいんだよ(笑)」

すかざす彼は答えた。
「その『メガネザル』がいいんじゃないか。眼鏡の女の子って、普通の子にはない魅力があるの、わからないのか?」

悪友Aはひきさがらない。
「魅力?わからねぇよ(笑) だいたいドラマとか、漫画やアニメにしたって眼鏡の女が主人公のヤツってないだろ?」

「そんなことないさ」

「だったら挙げてみろよ。あっても数えるほどのものだろう。そんなに魅力があるなら、主人公的な扱いになってなきゃおかしいじゃないか」

「ぐぬぬ・・・」


その場でずばり言い返せなかった彼は、涙をこらえるしかなかった。

しかし彼はその夜、下宿のアパートに帰ると2000冊ほどあったコレクションの漫画単行本を端から開いて行ったのだった。

悪友Aの言うことは本当か?眼鏡の女の子が主人公な漫画はないのか。


いや、あった!

これも。これもそうだ!

70〜80年代にかけて「りぼん」「なかよし」「花とゆめ」といった少女漫画誌を中心に、メガネの女の子が主人公の漫画はいくつも世に出ていた。

彼は本能的に、それらの作品をコレクションしていたのだろう。彼の蔵書の中には、何作品も発見できた。

「あるじゃないか、悪友A!」


しかしその時代、悪友Aのような考えは少数派ではなかった。女の子の眼鏡は容姿を台無しにする非モテアイテムだった。
『メガネザル』という渾名は、○○先輩だけでなく眼鏡をかけている女の子のほとんどが一度は浴びせられた蔑称だったのだ。

悪友Aを言い負かすには、彼のこの蔵書の中から何作も見せてやればいいだろう。しかし世の中には悪友Aのような考えが蔓延している。本当は素晴らしい個性をもっている女の子たちが、そういった偏見の下で、窮屈な人生を強いられているとしたら残念すぎる。
ここに一矢報いることはできないだろうか。

彼はそう思い立つと、漫画研究会に所属している友人やアニメ・漫画に詳しい友人たちに声をかけ、半ば無理矢理、眼鏡の女の子の絵を描いてもらい、同人誌の制作にとりかかった。
悪友Aの認識とは違って実は何作も世に出ていた「眼鏡の女の子が主人公の作品」からは、彼の思いと共通するものがあるように思えた。眼鏡をかけているからといって、その女の子が駄目だってことはない。みんな、みんな、それぞれが物語の主人公なんだ。もっと、もっと輝いていいんだ。

仲間たちの協力もあって、彼は思いを存分に原稿にぶつけ、同人誌は完成した。

「メガネの娘(こ)でなきゃやだ!」

『メガネザル』と呼ばれた女の子たちをリスペクトする意味で「眼鏡」をカタカナにしたタイトルは、眼鏡の女の子専門の同人誌としてコミックマーケットでもそこそこのインパクトを持って受け入れられた。

彼の名前は「まつおか俊介」・・・その思いが世界を変えて行くきっかけになったことを、この時はまだ知る由もなかった。

みやざきあきら氏との出会い

翌1986年のGWに状況を加速させるできごとがあった。

とある同人誌即売会に、まつおかは知り合いのサークルを手伝うために参加していた。店番を任されて手持無沙汰にしていた折、たまたま隣の席に座っていたのが みやざきあきら氏である。

自己紹介を含めた雑談の中で、まつおかは自身が眼鏡の女の子の魅力いっぱいの同人誌を作っていることを、眼鏡の女の子に対する熱い思いと共に語った。するとみやざき氏は「僕も眼鏡の女の子が好きですよ。次はぜひ僕にも描かせてもらえませんか。」と答えたのだった。

もちろん二つ返事で承諾したまつおかだったが、後日みやざき氏から届いた原稿を見て非常に驚くことになる。

美しい。

とても繊細で優しい線が描き出す少女は、まさにまつおかがイメージする眼鏡の女の子の姿だった。

まつおか自身も絵は描くのだが、その出来栄えは比べ物にならない。

みやざき氏が加わった「メガネの娘でなきゃやだ!Vol.2」は、その夏のコミックマーケットで爆発的に売れ、それを機に すみよしひでかず氏や なかたまさひろ氏らといった才能あふれる有名同人作家が誌上に加わることになった。


誰もがみな声をそろえて言う。

「自分もずっと眼鏡の女の子が好きだった」

「その思いを誰かに聞いてもらいたかった」

「すべてをぶつけられる場所がここにあったなんて」

・・・


「メガネの娘でなきゃやだ!」誌はその後Vol.7まで発行され、その役目を終えた。

「眼鏡の女の子」を専門に扱う同人誌は次々と刊行され、愛と実力をそなえた情熱的なクリエイターたちによって世を席巻した。

当時は「いつかコミックマーケットでメガネっ娘島(サークルが配置される机の集まり)ができるようになるといいね」などと言っていたものだが、島どころか今では「眼鏡時空」を筆頭に眼鏡ONLYイベントが各地で開催されるようにもなっている。

また「眼鏡の女の子」という存在自体も めがね評論家はいぼく氏らによる渾身の活動をもってカルチャーとしての広がりをみせ、さまざまなメディアジャンルに登場し、確固たる地位を築き上げた。


まんが・アニメ・小説・ゲーム・グラビア・アイドル・AV・・・

世界は眼鏡の女の子で満ち溢れている。

続く


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